「カチッ」という小気味いい打鍵音と、指を押し返すような独特のクリック感。一度触れたら忘れられない、あの感触を覚えているでしょうか。
80年代から90年代にかけて、オフィスや学校のパソコン教室にずらりと並んでいたIBMのキーボード。今では「ビンテージキーボード」としてコレクターが熱視線を送る存在ですが、実はその遺伝子を受け継いだモデルが今も現役で手に入るんです。
今回は、伝説的な打鍵感を持つIBM系メカニカルキーボードの魅力を掘り下げ、現行で購入できる選択肢までご紹介します。「昔のあの感触をもう一度味わいたい」という方も、「話には聞くけど実物に触れたことがない」という方も、ぜひ最後までお付き合いください。
IBMメカニカルキーボードが「伝説」と呼ばれる理由
IBMのキーボードが特別視される最大の理由。それは「バックリングスプリング方式」という独自機構にあります。
一般的なメカニカルキーボードは、キーを押し込むと内部のバネが圧縮されて接点が触れます。いわば「押す」動作です。ところがバックリングスプリング方式は違います。キーを押し下げていくと、内部のスプリングが一定の圧力で「座屈」し、その瞬間に打鍵が成立する。この「カチッ」という明確な節度感と、指を押し返すような反発力が、他のキーボードでは決して味わえない唯一無二の体験を生み出しているんです。
代表格は1985年に登場したIBM Model M。重厚な筐体、カーブを描いて並んだキートップ、そして打鍵のたびに響く快活なサウンド。多くのタイピストが「これこそ究極のキーボード」と語り継いできました。
ただ、正直なところを言うと、この打鍵感は万人向けではありません。長時間タイピングしていると指が疲れるという声もあるし、何より「音」が強烈です。オフィスで使おうものなら、隣のデスクから白い目で見られること請け合い。そうしたデメリットもひっくるめて、このキーボードには「道具としての強烈な個性」が宿っているんです。
本家の血を受け継ぐ現行モデルたち
「IBMのキーボードが欲しい」と思っても、今からビンテージ品をオークションで探すのはハードルが高いですよね。状態の良いものは高騰していますし、そもそも接続がPS/2だったり、特殊な端子だったりで現代のPCにそのまま繋げないことも多い。
でも大丈夫です。IBMの遺伝子を色濃く受け継ぐ現行モデルが、ちゃんと存在しています。
Unicomp(ユニコンプ)— 正当なる後継者
Unicompは、IBMからModel Mの製造設備ごと引き継いだアメリカのメーカーです。つまり、中身は本家そのもの。バックリングスプリング方式を採用したキーボードを、今も新品で購入できます。
ラインナップはクラシックな「Classic」シリーズから、トラックポイントを内蔵した「EnduraPro」、そして最近ではMac向けレイアウトのモデルまで。ちゃんとUSB接続の製品もあるので、変換アダプタを噛ませる必要もありません。
ただし、本家Model Mと比べると筐体の剛性はやや落ちるという評価もあります。プラスチックの質感が軽くなっていたり、キーを打ったときの「ズシン」とくる重みが少し薄れていたり。とはいえ、新品でバックリングスプリングを味わえるのは事実上ここだけなので、選択肢として真っ先に検討したいメーカーです。
Brand New Model F Keyboards — さらなる原点へ
「Model Mもいいけど、本当の原点はModel Fだろ」というマニアの声にお応えするのが、Brand New Model F Keyboardsです。
Model FはModel Mの前身にあたるキーボードで、バックリングスプリングではなく静電容量無接点方式を採用しています。これがもう、クリック感が半端じゃない。Model Mよりさらに軽快で、それでいて「カチッ」という打鍵音が耳に心地いい。最近のプロジェクトでは、このModel Fを現代の技術で完全再現した製品をリリースしています。
筐体はアルミ削り出しの超本格派。キー配列も現代風にカスタマイズ可能。ただしお値段はかなり強気で、Unicompの数倍は覚悟しなければなりません。本気で極めたい人向けの、まさに「終着点」と呼べる一台です。
IBMの打鍵感に近い最新キースイッチという選択肢
バックリングスプリングに憧れはあるけど、音や重さがどうしても気になる。あるいは、もっとコンパクトなキーボードで似た感触を楽しみたい。
そんな方には、近年のメカニカルキースイッチから「IBMライク」な打鍵感を探すというアプローチもあります。完全再現とはいきませんが、開発者たちがかなり近いニュアンスを追求したスイッチがいくつか出てきているんです。
おすすめはKailh Boxシリーズです。このシリーズは内部に「クリックバー」と呼ばれる金属製のバネを仕込んでいて、押し込んだ瞬間に「カチッ」とはじける感触がバックリングスプリングを彷彿とさせます。
とくにBox JadeやBox Navyは重めのタクタイル感がModel Mに近く、Box Whiteはもう少し軽快で長時間の作業に向いています。Cherry MX Greenも「IBMを意識した」と言われることが多いスイッチで、こちらは伝統的なCherryの品質を信頼する方におすすめです。
これらのスイッチを搭載したキーボードは、ホットスワップ対応の製品を選べば自分で好みのスイッチに交換することも可能。打鍵感の「自分好みの味付け」を追求できるのが、現代のメカニカルキーボードの面白いところです。
IBM系キーボードを日常使いするためのリアルな話
ここまで魅力を語ってきましたが、実際に毎日使うとなると気になるのが実用面です。正直なところを書きますね。
まず騒音問題。バックリングスプリングは、現行のクリックキーボードと比べても「音がでかい」です。カフェやオフィスはもちろん、在宅でも家族がいる時間帯は気を使うレベル。夜中にタイピングするときは、さすがに遠慮したくなります。慣れれば気にならないという人もいますが、最初はかなり驚くはずです。
次にサイズ。IBM Model MやUnicompのキーボードはとにかくデカい。横幅は45cm以上あるので、普通のデスクだとマウスを置くスペースが右側に追いやられます。結果として右手をマウスに伸ばす距離が遠くなり、肩こりの原因になることも。テンキーレスやコンパクトサイズを選べる現代のキーボードに慣れていると、この「巨大さ」は意外なストレスになり得ます。
キー配列にも注意が必要です。モデルによってはWindowsキーが存在しなかったり、右Altや右Ctrlの位置が独特だったり。Unicompの一部モデルはこうした点をモダナイズしていますが、購入前に配列の確認は必須です。
ただ、これらを「不便」と取るか「味わい」と取るかは人次第。不便さすらも楽しめる人にとって、IBM系メカニカルキーボードは得難い相棒になってくれるはずです。
IBM系メカニカルキーボードを始めるならどれを選ぶ?
結局のところ、あなたに最適な選択肢は「何を求めているか」で変わります。ここまでの情報を踏まえて、簡単に整理してみましょう。
純粋に本家の打鍵感を新品で味わいたいなら、Unicomp一択です。価格も比較的こなれていて、Classicシリーズなら1万円台から購入できます。まずはこれでバックリングスプリングの世界に飛び込んでみるのが、最も堅実なルートでしょう。
予算度外視で最高の一台を求めるなら、Brand New Model F Keyboardsを検討する価値があります。金属筐体の質感、静電容量無接点ならではの滑らかで鋭いクリック感は、まさに唯一無二。キーボードに数万円かけられるマニアなら、後悔することはまずありません。
現代的なキーボードとの折り合いをつけたいなら、Kailh BoxシリーズやCherry MX Greenを搭載したホットスワップ対応キーボードが賢い選択です。KeychronやGloriousといったブランドから、こうしたスイッチを搭載したモデルが多数出ています。気に入らなければスイッチを交換して自分好みに育てていけるのも、この選択肢の大きな魅力です。
ビンテージIBM Model Mをどうしても手に入れたいなら、IBM Model Mやオークションサイトをこまめにチェックすることになります。ただし経年劣化による不具合や、PS/2接続への対応(変換アダプタの相性問題)といったリスクは承知しておいてください。
伝説の打鍵感を継承するIBM系メカニカルキーボード。その魅力は、30年以上の時を超えてもまったく色褪せていません。むしろ、薄型・静音化が進んだ現代のキーボードとは真逆の個性が、かえって新鮮に感じられるほどです。
ぜひあなたも、この「打鍵する喜び」を追い求める旅に出てみませんか。

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